イメージ

易のおはなし

太昊伏羲聖帝の物語

伏羲の誕生は、伏羲の母親華胥が巨大な足跡を見つけ、好奇心から自分の足と比べるために踏んだ。そうしたら何が何やらわからないまま妊娠し、懐妊から12年後に伏羲を成紀(現在の甘粛省)で産んだ。

伏羲が幼き頃のある日、妹の女過(じょか)と遊んでいるとき、雷神を助け、雷神がお礼にくれたお守りをふたりで土に埋めた。やがてそれは大木となり、大きな瓢箪(ひょうたん)が実った。
あるとき世界に大洪水が発生し、地上の人類は滅亡したが、二人は瓢箪の中に逃れて、難を逃れた。そこで兄は瓢箪を意味する「伏羲」を名乗ったと言われている。
二人が成人すると、伏羲は妹の女過に結婚を申し込んだ。妹は断りかねて、「私を追いかけて、捕まえることが出来たら結婚しましょう。」と応じた。そして二人は大木の周りを走り回ったが、妹に追いつくことができなかった。そこで伏羲は立ち止まり、逆にまわって妹を捕まえることができた。
こうして二人は結婚し、妹は子供を出産した。だが、妹が産み落としたのは、肉塊だった。不思議に思い、それを切り刻んで、天界に行こうとすると、風が吹き、紙は破れて切り刻んだ肉は飛び散り、それらが人間になった。こうして二人は人間の始祖となった。

お気づきであろうが、日本の神話「日本書紀」にも、似たような話がある。
伊耶那岐(イザナギ)が「天の御柱を妹(伊邪那美)は左より巡れ。私は右より巡る」と言った。
こうして二人で分れて天の御柱を巡り、やがて二人は巡り逢った。
陰神(めがみ)が先ず「なんと美しき、愛すべき男であることか」と唱え、陽神(をかみ)が後に「なんと美しき、愛すべき乙女であることか」と唱えた。
遂に夫婦(みと)の交合(まぐわひ)して、先ず蛭子(ひるこ=身体異常児)を生む。
このような逸話から日本の神話のルーツとも云われている。

易のおはなしへ

高島易断 神聖館トップページ > 易のおはなし > 太昊伏羲聖帝の物語